トラウマに取り組むその前に|ソマティック・エクスペリエンス(SE)が重視する「自己調整力」とは?

2013.11.09

「トラウマセラピー」と聞くと、実際にどんなことをしているイメージが浮かびますか?苦しい過去をセラピストに語っている場面でしょうか。あるいは、当時の未完了の感情に浸り、解放を試みている場面でしょうか。いずれにしても、「トラウマ」に付随する記憶や感情や身体感覚に、何らかの方法で取り組んでいる場面が浮かぶのではないかと思います。そりゃそうです。トラウマワークなんですから。

ソマティック・エクスペリエンス(SE)でトラウマとワークする際に、最初にしてはいけないことがあります。何だと思いますか?

なんと、トラウマに取り組むことです。

(´・ω`・)エッ?

 トラウマワークなのに、トラウマに取り組まないんです。ある条件が整うまでは。

 

pendulum

神経系に内在するリズムを取り戻す

私達の神経系には、生まれた時からあるリズムが存在しています。それは、「緊張とリラックス」「広がりと狭まり」「快と不快」といった相反する感覚、イメージなどの間を自然に行ったり来たりする生得的なリズムです。ソマティック・エクスペリエンス(SE)ではこのリズムを「ペンデュレーション(=振り子のように行ったり来たりする動き)」と言います。

例えば、

集中して仕事に取り組む(緊張)  →  ぼーっとし、眠気を感じる(リラックス)

理不尽なことで上司から怒られ、怒りを感じる(恐怖心)  →   同僚とのおしゃべりで笑い、安らぎを感じる(安心感)

これもペンデュレーションです。

本来は自動的に働く力なので、日常生活でこのリズムを意識することはあまりありませんが、この振り子のリズムは常に私達の生命と共にあり、その「行ったり来たり」を通じて神経系の安定を図っています。

しかし、私達の心身がトラウマの影響を受けると、この振り子の動きは制限され、一方のみ、例えば緊張、狭窄、痛みといった嫌な感じばかりに留まり、もう一方のいい感じを感じづらい状況に陥ります。上記の例で考えると、以下のような状態が考えられます。

集中して仕事に取り組む(緊張)  →   疲れているはずなのに横になっても眠れない(緊張)

理不尽なことで上司に怒られ怒りを感じる(怒り)  →   同僚とおしゃべりしても上司のことが頭から離れず、いつまでも怒りが収まらない(怒り)

つまり、神経系のリズムが「嫌な感じ」に傾いている状態です。

この状態のまま、一気にトラウマそのものに取り組むと、どのようなことが起こると思いますか?

トラウマの持つ莫大なエネルギーをコントロールできず、トラウマの原因となった出来事が起きた時と同じこと、例えば解離やシャットダウンなどを起こし、無力感や恐怖心に再び襲われることになりかねません。「トラウマの解放」どころか「再トラウマ化」を起こしてしまう訳です。SEの目的は、トラウマに無防備に飛び込み、劇的な体験をただ繰り返すことではありません。トラウマの原因となった出来事が起きた時に、神経系が圧倒されて完了することができず、出来事が終わった後も身体で終わらずに続く反応(=防衛反応)に、再び安全な方法で取り組み、ゆっくりとそれらを終わらせ、ニュートラルな状態に戻っていくことです。

そのためには、トラウマの大きさに見合うだけの拮抗するエネルギーが必要です。つまり、「リラックス」「安心感」などの「いい感じ」や「心地よさ」を十分に身体で感じることができる力が必要です。その力が開発されていくにつれ、ペンデュレーションする力が取り戻されます。ペンデュレーションする力が取り戻されれば、その「行き来する力」を利用することで、飲み込まれることなく少しずつトラウマにアプローチし、解消していくことが可能になります。

 

containment

この、「トラウマのエネルギー」と「心地よさのエネルギー」のバランスについて、また別の視点から考える時、いつも思い出す例があります。精神科医の神田橋條治先生が使っておられた「おまんじゅう」の例です。

「苦しみがおまんじゅうの「あんこ」だとしたら、セラピストが行うべきことは、まず「おまんじゅうの皮の部分=おまんじゅうの全体の容量」を十分に厚くしていくことだ。皮が薄ければ、あんこは薄い皮を突き破って簡単に外に飛び出してしまう。」

この例は心理療全般についての例として使われていたのですが、ソマティック・エクスペリエンス(SE)の理解にもとても役に立つ例だと思います。あんこを包むおまんじゅうの皮の部分が大きくしっかりしていれば、全体に占めるあんこ(トラウマ)の割合は減るわけですから、少ない負担でトラウマの影響を管理することができるようになります。「トラウマセラピー」と言うと、どうしても「トラウマ自体を消滅させる」というニュアンスが強くなりますが、実はソマティック・エクスペリエンス(SE)の妙はそこだけにあるのではなく、この「トラウマを包み込み、管理できる器を作ること」を非常に重要視しているのです。日常の中には神経系を刺激する要素が多数存在しています。神経系が僅かな刺激しか受け取ることができない小さな器であったとしたら、たとえある特定のトラウマを解消したとしても、結局は新たな刺激を管理することができず、疲弊する日々は続いてしまいます。

では、「トラウマに拮抗するエネルギー」を形成し、「おまんじゅうの皮」を厚くしていくためには、何をすればいいのでしょう?

 

containment_hand

トラウマに向き合うためのキーワード:「リソース」とは

「リソース=資源」という言葉は、様々な分野で使われています。例えば、社会福祉の分野では、「ソーシャルリソース=社会資源」という言葉で使われます。医療費の助成など、障害を持った方をサポートするための福祉制度やサービスのことを指します。同様に、人材育成の世界では「ヒューマンリソース=人的資源」という言葉が使われます。組織の利益に貢献する、人という財産という意味ですね。このように、「リソース」という言葉には、「支えや力になる物、人、制度」といったような意味があります。

SEで言う「リソース」は、もう少し広い概念になります。支えや力になる具体的な人、物、制度などもそうですが、イメージや思い出、経験などの抽象的な内容も含まれます。つまり、心身の内外の「いい感じ」がする具象、抽象の全てです。このリソースを身体で感じると、様々な感覚に気づくことができます。例えば以下のような例が考えられます。

リソース:ペットの犬

ペットの犬に触れたりイメージした時の身体感覚 → 胸やお腹が暖かい、肩や首が緩む、心拍が下がる、ほっとする、笑いが浮かぶ

このように、リソースをを身体で感じた時の感覚に気づき、開発していくことが、安全なトラウマへのアプローチや安定した神経系の再構築を可能にしてくれます。

自分にとっての「リソース」を思い浮かべてみてください。何が浮かびますか?

トラウマの影響が強く、苦しみが大きければ大きいほど、思い浮かぶことが少ない、あるいは何も思い浮かばないかもしれません。それでもどうか諦めないでください。苦しみを帳消しにするような、大きなリソースを探す必要はありません。日常的な小さなリソースに気付くことがコツです。「あのカフェよりもこっちのカフェの方が居心地がいい」「赤よりもブルーが好き」「窓から見えるあの木を見ていると落ち着く」「ブランケットに包まれている時はまだまし」こういったことでいいんです。「正しい/正しくない」といったジャッジも脇に置いておきましょう。もしかしたら、「リソース」と思ったものが、すぐに嫌な感じにシフトしてしまう時もあるかもしれません。それでもOKです。ほんの数秒リソースに意識が向くだけでも、神経系には新たな流れが生まれます。

このような、神経系の安定のための日常的な試みを、SEでは「自己調整」と言います。日常の中に自己調整を取り入れることがセッションがより効果的にし、心身の安定への近道となります。

 

water

このように、ソマティック・エクスペリエンス(SE)は、トラウマそのもののみにフォーカスするのではなく、それを取り囲む神経系全体を整えていくことを大切にします。それは、薬を飲んで一気にに症状を抑えるというよりも、生活習慣を整えてじっくりと体質改善をしていくイメージに近いのかもしれません。

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