親密性のトラウマ~ソマティック・エクスペリエンス(SE)のアタッチメントワーク~

2015.04.18

人との関わりが疎遠な現代においても、“親密な関係性”が人生に与える影響は大きなものです。

精神分析家であるE.H.エリクソンの「心理社会的発達理論」においても、「親密性」は前成人期(23歳~34歳頃)に獲得すべき発達課題とされており、人が発達、成長していく過程で、避けては通れない重要な意味をもつテーマであることが分かります。「未婚者の寿命は既婚者の寿命と比べて8歳~9歳短い」という、国立社会保障・人口問題研究所の調査結果からも、親密な関係性の有無が心身に与える影響の大きさがうかがえます。

親密な関係を心から望んでいるにも関わらず、

・人と一緒にいると安らげず疲れてしまう、

・緊張して自由に振る舞えない

・相手の自分への気持ちを信じきれず、常に確かめずにいられない

・関係の継続に耐えられず、自ら切ってしまう

などの理由により、関係性を維持できず、孤立感を深めている人は少なくありません。

このような“親密な関係性のテーマの背景にある心理学的要因として、「アタッチメント(愛着)」という概念があります。
baby crying

アタッチメント(愛着)とは

アタッチメント(愛着)とは、他者との間に親密さや繋がりを求め、そこから安心感を得ようとする人間の傾向のことをいいます。子どもの愛着行動に対し、養育者がどのような反応をするかは、子どもが社会的、情緒的に健全な発達を遂げる上で非常に重要な要素となります。養育者が子どもの欲求を適切にケアすることができると、子どもの中に「安全・安心」の感覚が確立されます。その感覚を基地として、子どもは養育者から離れて周囲の環境を探索し、自分の世界を広げていくことができるようになります。基地の外で不安や危機を感じると、子どもは養育者がいる「基地」に戻り、安心、安全、自信を手に入れます。そうすることで、再び基地の外へ踏み出し、さらに世界を広げることが可能になります。子どもが自立し、自由に自分の世界を広げていけるようになるには、その前提として、養育者との間に安全、安心の感覚が確立されていることが必要となる、ということです。

言語を話すこことができない幼児期は、左脳よりも右脳がより早く発達し、全面に出て働いています。この時期の子どものアタッチメントは、養育者と子どもの右脳同士のやり取り、例えば、アイコンタクトや表情などを通じて構築されていくという特徴があります。また、アタッチメントの問題は、右脳の機能自体にも影響を与える可能性が指摘されています。

養育者との関係を通じて子どもが獲得するアタッチメントのスタイル(①安定型、②不安型(アンビバレント型)、③回避型、④混乱型)は、生涯を通じて「人との関係性」に影響を与えうることが指摘されています。成人を対象としたアタッチメントに関する調査では、幼少期に獲得したアタッチメントスタイルと、20歳時のアタッチメントスタイルが一致している人は、全体の3分の2に当たるという結果が出ています。つまり、幼少期に不安定なアタッチメントスタイルを構築すると、成人後の恋愛にも影響を与えうるということですが、それは絶対的な影響ではなく、発達の過程で安定したアタッチメントスタイルを再獲得し、豊かな関係を築いていく可能性もあるということです。

 
talktherapyr

アタッチメントに対する「心理学的アプローチ」の難しさ

親密な関係に困難を感じる人が、安定したアタッチメントを再獲得し、関係性における喜びを享受できるようになるにはどのようなメソッドが有効なのでしょうか。

精神科医の岡田尊司氏は、精神分析や認知行動療法といった「分析」や「認知」などの理性的な側面に焦点を当てる心理療法は、子供時代に安定したアタッチメントを獲得できなかった相談者がセラピーに求める「安心」「共感」とギャップがあるため、効果が得づらいことを指摘しています。

では、「共感」を重視するロジャース派の来談者中心療法が適切かというと、そうとも言えない難しい側面があります。アタッチメントスタイルが「回避」傾向にある相談者は、セラピストとの治療関係自体にも抵抗を示す傾向が強く、また、アタッチメントスタイルが「不安」傾向にある相談者には、治療関係による混乱や転移が生じやすい傾向があるからです。「関係性」のテーマを、「関係性」をベースに進めていく心理療法で取り組む難しさと矛盾がある訳です。

 

neurology

アタッチメントの生理的側面

ソマティック・エクスペリエンス(SE)のアタッチメントワークでは、安全、安心の「生理的な側面」にフォーカスします。つまり、クライアントが「安心、安全」を感じている時、身体ではどんな生理的反応がおきているのか、逆に「安心、安全」を感じられない時に、身体ではどんな生理的反応が起きているのかに着目します。

基地の外で危険に遭遇した時に子どもの身体で起きることのひとつは、「闘争系のホルモン」の分泌です。闘争系のホルモンは交感神経を活性化させ、「逃げるか戦うか凍りつくか」のサバイバル反応を引き起こします。養育者との間で安定したアタッチメントを構築できている場合、子どもが基地に戻ると、養育者との関わりの中で「癒し系のホルモン」が分泌されます。癒し系のホルモンは副交感神経を活性化し、生理的な癒しのプロセスを促進する働きがあります。こうして、「基地の外で脅威に遭遇しても、基地に戻れば癒し系ホルモンが分泌され、次の探索に踏み出すための休息と活力を得ることができる」という生理的なパターンが形成されます。

一方、養育者との間で安定したアタッチメントが形成されていない場合、「基地」は「安心、安全」の役割を果たすことができません。そのため、基地に戻ってもホルモン分泌が闘争系から癒し系に切り替わることができず、交感神経が優位な状態が続くことにより、不安、緊張などの過覚醒状態が続くという悪循環を生みだされます。過剰な闘争系ホルモン分泌の継続は、内分泌器官やその影響を受ける器官への負荷となり、場合によっては慢性疲労などの原因にもなり得ます。(養育者以外のリソースの有無等により、状況は異なります)

 「人との関係性」と言うと、とかく「コミュニケーション能力」の側面がフォーカスされがちですが、その背景では上記のような生理的な反応が絡み合っている可能性があるということです。

 成長し養育者から離れた後も、人との関係、特に親密な関係において安らげず、自分らしくいられない、安全な相手だと頭では分かっているのに過剰に緊張する、関係性を深められないという場合は、養育者との関係性で築いた生理的なパターンが「型」となり、目の前の相手との間で再現されているのかもしれません。

 
cranio

ソマティック・エクスペリエンス(SE)のアタッチメントワーク

ソマティック・エクスペリエンス(SE)のアタッチメントワークでは、人との関わりにおける過剰な「闘争系ホルモン」の分泌の抑制と、「癒し系ホルモン」の分泌の促進を試みます。そして、それらを可能にするために、内分泌器官同士の調和ある繋がりの強化も試みます。つまり、主に生理的なパターンを変えることを通じて、安定したアタッチメントスタイルを再構築することを試みる訳です。

 このような、生理的側面からのアタッチメントワークを行う上での鍵となるのが、「腹側迷走神経」です。

腹側迷走神経とは、副交感神経のひとつで、「人との関わりにおける安らぎ」を司る神経です。ホルモン分泌を司る内分泌系と神経系は相互に影響を与えあっているため、この腹側迷走神経が優位であることは癒し系ホルモンの分泌を促進することにもなります。

 腹側迷走神経は、外側の世界と繋がりを感じている時、すなわち、意識が内面ではなく外の世界に向いている時や、安全な身体的接触がある時に優位になります。そのため、ソマティック・エクスペリエンス(SE)のアタッチメントワークでは、意識を外側に促すワークや、意図的な雑談、セラピストがクライアントの身体、特に内分泌器に触れるワーク(タッチワーク)を取り入れて進めていきます。

 言語を獲得する以前の子どものアタッチメントが、養育者と子どもの右脳同士のやり取りの中で構築されるという点からも、右脳の領域である「感覚」にアプローチするタッチワークは、アタッチメントの再構築において非常に重要な役割を果たすと言えます。(タッチは刺激が強い為、セッション開始後すぐには導入できないこともあります)

 
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生理的な側面を重視するとはいえ、ソマティック・エクスペリエンス(SE)のワークもセラピストとクライアントとの関係性の上に成り立つことには変わりなく、他の心理療法と同様、「関係性」のテーマを「関係性」を用いて進めて行く難しさと矛盾から完全に逃れることはできません。しかし、関係性について、四に組んで対話で深めていく他の心理療法と比べ、身体をベースにバウンダリー(境界線)を重視して進めていくソマティック・エクスペリエンス(SE)のセッションは、セラピストとクライアントの間に適度なスペースが生まれやすく、それが関係性維持の難しさを緩和するという特質があります。

 

 

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