腰に溜まったトラウマを解放する~Constructive Rest~つづき

2012.07.11

前回の続きです。

腰の筋肉を休ませる「Constructive Rest」というポーズに取り組むようになってから、自分にとって未消化だった過去の出来事が、次々と今の私の前に現れてきました。

過去の出来事を振り返ろう、などど思って、ノートに書きだすなどの意識的な作業をした訳ではありません。その出来事とは関係のない第三者を通じて、思いもかけず過去と対峙せざるを得なくなるというパターンでした。潜在意識的な働きもあったのかもしれませんが、とても不思議な流れでした。

こんな仕事をしていながらも、これまでの私の取りがちな対処は、「いやな出来事はあまり強く感じないようにする」というものでした。が、押し寄せる出来事の中、感情も掻き立てられ、そうもしていられなくなりました。

覚悟を決めて、今起きていることを身体ベースで感じてみると・・、

悲しみを伴う涙を山ほど流した後、出てきましたよ。それはもう、我ながらこってりとした怒りが(笑)

これを抱えて生きていたのか、と自分でも驚くほどでした。これが意識に上らないようにしていたのなら、無意識に相当なエネルギーを使っていたはずです。腰、本当に多くのものを抱えていてくれたのですね。

思い返すと、私は自分の怒りを抱えることがとても苦手でした。

怒りという強いエネルギーを、自分に見出すのが怖かったのだろうと思います。

そして、自分のこれまでのプロセスや背景から、「怒らない優しい人」であることをアイデンティティにしていたのかな、とも思います。当時はそれが私にとって安全な選択だったんでしょうね。ですから、怒りは自分にとって都合が悪かった訳です。

でも、そんな自分に違和感や不自由さを感じ始めた頃、一連の出来事は起きました。Constructive Restというポーズの影響が大きかったと思いますが、色々な意味で準備が整ったのがこのタイミングだったのかもしれません。

ソマティック・エクスペリエンス(SE)でトラウマに再交渉する際、キーワードになってくることの一つに防衛反応があります。「逃げるか戦うか」という本能的な反応で、攻撃性などの強いエネルギーを伴います。

日本女性の場合、「戦う」という防衛反応を表出するのは難しい傾向がある、と言う話を、SEの先輩に聞いたことがあります。時代が変わったとはいえ、日本女性に求められるもの、求められているように感じてしまうもの、そういった文化的なものが、本能的な反応を無意識に抑えてしまうことにも繋がっているのかもしれませんね。

一連の嵐のような出来事が落ち着いた今、感じているのは、何だか元気だな、ということです。

これまでの自分のパターンをただ繰り返すのではなく、今の自分にフィットした他の選択肢を考える、と言う場面が増えているように思います。それも、真剣に頑張ってではなく、「こうしたらどうなるんだろう?」というような好奇心であったり、時には「自分に対するいたずら心」みたいなものを感じます。私にとっては、とても新しい感じです。

そして、妙にホッとしている自分もいます。「ああ、怒っても大丈夫なんだ」と。

怒りを感じてしまったら、延々とその感情に付きまとわれるのではないか、人に対しても過剰な怒りを向けてしまうのではないか、という不安があったように思いますが、感じてしまえばどこかで終わることを身体で実感できたように思います。

攻撃性を含めた自分の本能的な部分と、人と繋がって調和して生きたいという自分の思いの両方を否定する必要はなく、両立可能だと身体レベルで腑に落ちたことで、これからの生活や人生がどのように展開していくのか、しばらく興味を持って観察してみたいと思います。今回のプロセス、まだまだ続きそうです。

今回のConstructive Restというポーズに伴うプロセスは、結構激しい流れになってしまったのですが、ソマティック・エクスペリエンスでトラウマにアプローチする時は、「少しずつ」「Less is More」を大切にします。神経系にワークする時、なぜこういったことが大切になるのか、また近いうちに書いてみたいと思います。

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nature-flowでは、自己探索に必要な「安全」や「静けさ」、「ユーモア」や「柔らかさ」を大切にしています。そして、「症状をなくす」ことだけに注力するのではなく、その方固有の個性や本質(true nature)を活かした生き方の探索に寄り添うことを大切にしていきたい、そんな風に思っています。

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